令和2年12月6日(日)  目次へ  前回に戻る

「おいらは二枚しか舌が無いでにょろろーん。みなさんはもっとあるでしょうけど・・・」

また明日から平日ではなかろうな。

「そんなことはございません」

やはりそうじゃろうな。おまえの言葉は耳に甘くて信用できるのう・・・。

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宋の初めのことです。

西山巡検使の郭進は

威令厳粛、帝毎遣戌卒、必諭之曰、汝輩謹奉法、我猶貸汝、郭進殺汝矣。

威令厳粛にして、帝、戌卒を遣るごとに必ずこれに諭して曰く、「汝輩謹んで法を奉ぜよ、我なお汝に貸すも、郭進は汝を殺さん」と。

軍令がたいへん厳しく、宋の太祖皇帝(在位960〜976)は、郭進のところに兵士を派遣することがあると、兵士らにいつも、

「おまえたちは軍法をよく守れよ。朕(わし)はまだしもおまえたちを許すことがあっても、郭進はおまえたちを躊躇なくコロすからな」

と説諭していたほどであった。

あるとき、一人の将校が郭進に不法な行為があると密告してきた。

帝詰知其情、送進、令殺之。

帝、その情を詰知し、進に送りてこれを殺さしむ。

帝は背後を調査して、それが誣告であることを知り、将校を捕縛して郭進のところに送り届けた。

(朕(わし)が誅殺してもよいのだが、それではこいつが何を朕に告げたか疑いが遺ってしまうであろうから、お前が殺せ)

という趣意である。

「ほほう、それはありがたいことじゃなあ」

郭進はしばらくこの将校を獄につないでおいたが、やがて北漢の軍が攻めてきたとき、彼を面前に引き出し、

汝敢論吾、信有胆気。今貰汝罪。汝能掩殺敵兵、当即薦汝。

汝あえて吾を論ず、まことに胆気有り。いま汝の罪を貰(せい)す。汝よく敵兵を掩殺(えんさつ)せば、まさに即ち汝を薦むべし。

「貰」(せい)は「もらう」とか「後払いで買う」といった経済行為を指す言葉ですが、法律用語としては罪を「赦す」ことを言います。「掩」(えん)は「おおう」ですが、軍事用語に使うと「不意に襲う」の意。

「おまえはよりによってわしを誣告したのだ。その度胸は認めてやる。いま、おまえの罪を赦してやるから、おまえは敵の軍を奇襲してこい。うまくやったら、おまえを取り立てるよう推薦してやる」

と告げた。

郭進は見事な守備線を敷き、統率の弱い北漢軍を混乱させて、多大な被害を与えて追い返した。その将校も最前線で手柄を立てた。

郭進は、このことを帝に上奏した。

「うーん」

太祖皇帝は、

誣害我忠良、此纔可贖罪耳。

我が忠良を誣害す、これ纔かに罪を贖うべきのみ。

「朕の忠良な部下を誣告しようとしたのじゃぞ。この手柄は、やっとその罪をあがなうだけではないか」

と、推薦書を突き返した。

進復請曰、使臣失信、則不能用人矣。

進、また請いて曰く、「使臣信を失わば、人を用うるあたわざらん」と。

郭進は再度上奏した。

「前線出されておりますわたしどもが、約束したことを守れなければ、この先、誰もわたしのために働いてはくれますまい」

「わかった、わかった」

帝乃従之。

帝すなわちこれに従えり。

帝は、今度はただちにその提案に従った。

建隆二年(961)冬十一月のことでございました。

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「続資治通鑑」巻二より。太祖皇帝もかなりの人たらしですが、郭進、うまいですね。自分で罪を赦して昇進までさせてしまっては、自分が恩を売ることになる。それを陛下にやらせるこの心遣いは見事じゃ。ほめてつかわそうかな。

 

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