令和3年1月3日(日)  目次へ  前回に戻る

なんにもしないのはシアワセでモー。

こんな幸せがずうっと続くかと思っていたのに・・・。やはりマボロシであったんでモー。

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隋の時代のことですが、先生に質問しました。

甚矣、天下之不知子也。

甚だしきかな、天下の子を知らざるや。

「あまりにも度を越しております。世の中のやつらは、先生のことを知らなさすぎる!」

先生が答えて言うには、

爾願知乎哉。

爾、知られんことを願うか。

「ええー!!! お前さんは、人に知られるのがいいことだと思っているのか?」

「い、いや、わたしはどうでもいいのですが・・・」

先生はおっしゃった、

姑修焉、天将知之、況人乎。

しばらく修めよ、天まさにこれを知らんとす、況や、人をや。

「もうしばらく学問しなさい。天が知ろうとしはじめるでしょう。そうすれば人が知ろうとしないはずはない」

吾恐夫子之道或墜也。

吾が恐るるは、夫子の道の或いは墜ちんやなり。

「わたしが心配しておりますのは、先生の教えが、もしかしたら埋もれてしまって伝わらなくなってしまうかもしれない、ということなのです」

先生はおっしゃった、

爾将為名乎。有美玉姑待価焉。

爾、まさに名の為にせんか。美玉有ればしばらく価を待たん。

「お前さんは、やっぱり名声のために何かをしようとしているのカナ? 美しい玉を保有しているなら、しばらくすれば必ず誰かが値段をつけてくるものですよ」

そうですか。なるほど。

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「文中子」巻四・周公篇より。文中の先生は、文中子・王通さま、質問しているのは後に高官になる賈瓊というひとです。

わしも、もうしばらくあちこち調査したり勉強したりしてシアワセに暮らしていたいのです。なのに、「シゴトをしろ」というんです。シゴトというのは出勤して怒られたり謝ったりすることなんです。

 

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