令和3年1月8日(金)  目次へ  前回に戻る

しばらく寝てました。そろそろ初夏であろうか。

寒い。活動能力が絶対零度に近づく。シゴトなどイヤなことばかりなので膝を抱えてじっとしています。無感情である。

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あまりにも冷えてくると、体がぽかぽかと暖かくなってきて、自分が花園の中にいるような気がしてきます。ああ、美しいなあ・・・。

清の時代、広州の珠江デルタの一角に荘頭村という村があって、周囲一里ばかり、というのですからチャイナ里だと600メートル程度、小さな村落であった。

実はこの村、

悉種素馨、亦曰花田。

悉く素馨を種(う)え、また「花田」と曰えり。

村中にそけいの花を植えていて、またの名を「花田んぼ」と言われていたのである。

婦女率以昧爽往摘。以天未明、見花而不見葉。

婦女率いて昧爽を以て往きて摘む。天いまだ明らかなざるを以て、花をみるも葉を見ざるなり。

村の女たちは、連れ立って、早朝に出かけて花を摘む。空はまだ明るくなっていない時間だから、花はおぼろにわかるが、葉は暗くて見えないという。

其稍白者、則是其日当開者也。既摘覆以湿布、毋使見日、其已開者則置之。

その稍や白きもの、則ちこれその日まさに開くべきものなり。既に摘みては湿布を以て覆い、日を見せしむなく、その已に開くものはすなわちこれを置く。

その中で、少し白っぽいのを見つける。これが、当日開く花なのである。女たちはそれを摘み取ると、湿った布で包んで、太陽に当てないようにする。それから完全に花開いているものは摘み取らない。

広州の町で花を売る商人を「花客」といいますが、

花客渉江買以帰、列於九門。

花客、江を渉りて買いて以て帰り、九門に列す。

この「花客」たちが珠江を渡って素馨の花を買いに来る。戻って、広州城の九つの城門のあたりに花を並べて売るのである。

すると、

一時穿灯者、作串与瓔珞者数百人、城内外買者万家。富者以斗斛、貧者以升。其量花若量珠然。

一時に灯を穿つ者、串と瓔珞を作る者数百人、城内外より買う者万家あり。富者は斗斛を以てし、貧者は升を以てす。その花を量ること、珠を量るがごとく然り。

最初に、灯火の飾りを作る職人、それから髪飾りと首飾りを作る職人が数百人、さらに州城の中と外から、一万もの人たちが買いにくる。富める者は10リットル、貧乏な者は1リットルと量に違いはあるけれども。花の量をはかるとき、花客たちは、まるで真珠の量をはかるかのように慎重にはかるのである。

清代の一斛=一石=十升≒10.3リットルで計算しました。

花宜夜、乗夜乃開、上人頭髻乃開。見月而益光艶、得人気而益馥。竟夕氤氳、至暁萎。

花は夜によろしく、乗夜してすなわち開き、人の頭髻に上りてすなわち開く。月を見て光艶を益し、人気を得て馥を益す。竟夕氤氳(いんうん)たりて、暁に至りて萎る。

この花は夜の花の似合う花である。そして、夜になると開く。娘たちの頭のもとどりに乗せるとそこで開く。月の光を浴びると、光と艶やかさを増す。娘たちのにおいと一緒になると、より香りを益す。一晩中、豊かな香りを振りまいて、夜明けにはしおれている。

夜の花なんだ。

でも、朝になっても、

猶有余味。

なお余味有り。

まだ残り香が味わえる。

そして昼の間、

懐之避暑、吸之清肺気。

これを懐ろにせば暑さを避け、これを吸えば肺気を清む。

ふところに入れておけば、涼気を発して暑さを避けることができ、時おりふところから出して、そっと口づけて息を吸い込めば、肺の中まで清々しい。

昨夜の夢を見続けていられる。夏の花なんです。

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「広東新語」巻二十七より。このままじっと膝を抱えているうちに、いつの間にか夏になってしまっていたりするといいなあ。暖かいし、コロナも収まっているだろうし、解き放つべき鎖以外に何物をも持たないおいらも、そのころには解き放たれているはずなんです。

 

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