令和3年1月11日(月)  目次へ  前回に戻る

今日は大安ではないのにゃぞ。

ほんとに明日会社に行くのか。夢だと言ってほしい。

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唐末の盧龍節度使・劉仁恭といえば、やりたい放題の悪逆、非道、残忍などの行為で、唐末・五代の混乱した時代を人格的に代表する人物として、おそらく五歳ぐらいの童子でも知らない者はないぐらい有名です。が、しかし、息子の劉守光の方がこのおやじを監禁して地位を横取りして悪逆非道を尽くし、しかも軍事にも政治にも無能、911年に「大燕帝国皇帝」を名乗り、翌々年、後唐の荘宗に捕らえられて斬殺されたという人で、こちらは三歳ぐらいの童子でも知らない者はないぐらい有名なので、少しおやじの影が薄まってしまっているぐらいひどい奴らなんです。

ところで、遼・聖宗(在位982〜1031)の統和十四年(996)のこと、河北の大安山に何かを埋めたあとがあるというので、聖宗は発掘を命じた。

すると、石穴からすさまじい量の銅銭が出てきたのである。

この時期に遼の領域で使用されている総量の数倍という驚くべき埋蔵銭であった。

「なんじゃ、これは」

古老に問うに―――

劉仁恭以墐泥為銭、令郡内行使。

劉仁恭、墐泥を以て銭を為(つく)り、郡内に行使せしむ。

もう百年ぐらい前になりますが、節度使として悪の限りを尽くした劉仁恭は、泥を使って銭を作り、自分の支配地域に流通させたのでございます。

泥と膠を混ぜて固めたものでございました。なお、「墐」は「(泥を)塗る」。

一方で、

尽斂銅銭、于大安山巓鑿穴以蔵之。

ことごとく銅銭を斂(おさ)め、大安山巓に穴を鑿ちて以てこれを蔵す。

領民たちから銅銭をすべて没収し、大安山の頂上近くに穴を掘って、そこに隠した、というのでございます。

蔵畢、即殺匠人以滅其口。

蔵し畢(おわ)りて、即ち匠人を殺して以てその口を滅す。

作業を終えた後、ただちに「御苦労であったなあ」と労うと見せて職人たちを殺して、秘密がばれないようにした。「旧五代史・僭偽伝」より。)

その後、劉仁恭は息子の劉守光に監禁されたとき、ずいぶん訊ねられたのだがとうとう埋めた場所を伝えなかった。劉父子が殺されたあとは、誰にもその所在は知られなくなってしまったのでございます。―――

・・・その銅銭であろういうことであった。

「ひどいやつらじゃなあ。とはいえ、これは助かる」

遼は通貨の総量が少なく、このために貿易や国内産業の振興に困っていた。後に宋から大量の銀を貢納させているぐらいです。

聖宗はただちに

取所蔵銭散諸五計司、兼鋳太平銭、新旧互用。由是銭幣充溢。

所蔵の銭を取りてこれを五計司に散じ、兼ねて太平銭を鋳して新旧互用せしむ。これによりて銭幣充溢せり。

埋められていた銭を取り出すと、これを五つの会計官庁に交付するとともに、一部は鋳直して「太平通宝」という銭を造り、これまでの銭と交換レートを定めて流通させた。これによって、遼帝国には通貨があふれるほどになったのである。

なお、「遼史・聖宗紀」を見ると、銭を埋めたのは息子の劉守光の方だと書いてあるのですが、これは「遼史」の誤りである。

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「続資治通鑑」巻十八より。お金たくさん出てきてよかったですね。今日はゾロ目で景気がよさそうなんで、濡れ手に粟の夢のようなお話をいたしました。コロナで各国の発行したおカネが株価に回って、実体経済と関係なく株価がバブっているそうですから、夢のようなこともできるカモしれませんよー、と、そろそろ靴磨きの少年が教えてくれそうな気がします。

おいらの夢も早くかなうといいのだがなあ。なお今日は禁断の不要不急あり。

 

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