令和3年1月14日(木)  目次へ  前回に戻る

しもじもは、めんどくさいこと考えることができないのでモグす。

コロナをはじめ、いろんな問題が起こっていて考えていると大変なことになってしまいそうだが、考えないでいたら誰かがなんとかしてくれるはず!

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北宋の咸平年間(998〜1003)、杭州で、

民家子与姉訟家財。

民家の子、姉と、家財を訟(あらそ)う。

とある家の少年が、その姉と、財産のことで争う訴訟を起こした。

少年は今年十五歳で、独立するに当たって、父の遺した財産の半分は自分のものである、と主張するのだが、姉は弟に譲られた財産は十分の三で、自分が七割を相続する権利がある、というのである。

新任の杭州知事の張詠は、一通り訴状に目を通した後、少年と姉の夫を呼び出した(姉=女性には財産権が無いので)。

「わしはこの杭州地方の慣例では、親の遺産の取り分は、息子が七割、娘が三割だと聞いているが、おまえたちはどちらも慣例どおりを主張するわけではないようじゃな」

息子の方は言う、

「それは・・・、わたしは姉と義兄上にここまで育てていただきましたので・・・」

姉の夫は言う、

妻父臨終、此子才三歳、故命掌資産。且有遺書、令異日以十之三与子、七与婿。

妻の父臨終するに、この子わずかに三歳、故に命じて資産を掌る。かつ遺書有り、異日、十の三を以て子に与え、七を婿に与えしめたり。

「女房のおやじどのが亡くなったときは、この子はまだわずかに三歳でございましたから、おやじどのは臨終の際、わたしに資産を預かるようにご命じになられたのでございます。また、遺書をいただいております。将来、家財の十分の三を息子に与え、十分の七は婿のわたくしに与える、との御遺志でございました」

「ほう、遺書があるのか。ちょっと見せてくれ」

張詠は父の遺書というものを受け取って、姉の夫をちらちら見ながら、遺書をひっくり返したり裏向けたりして調べた。

「うんうん、なるほどなあ。どうやら、このおやじどのは、

智人也。

智人なり。

相当の知恵者であったようじゃな」

張詠は遺書を横に置くと、下役の者に、

「酒とお香を持ってこい」

と命じた。

「へへい」

とお酒とお香が持ってこられます。

何をするのかとみていますと、張詠はお香を焚き、

以酒醮地。

酒を以て地に醮(そそ)ぐ。

お酒を地面に注いで、その場を霊的に浄化した。

そして、息子と姉の夫に言った。

「ここに今、おやじどのが降りてきておられるつもりで、おやじどのの霊に感謝をささげるがいいぞ」

と言った。

「それでは?」

「遺言通りに、ということでよろしいのですね」

知事は笑って言った、

以子幼甚、故託爾。償遽以家財十之七与子、則子死於爾手矣。

子の幼きこと甚だしきを以て、故に爾に託す。償うに、遽(すみや)かに家財の十の七を以て子に与うれば、すなわち子は爾の手に死せん。

「おやじどのは死ぬときに、息子がたいへん幼いことから、姉婿であるお前に養育を託して逝ったのじゃが、その代償として、「すぐに財産の七割を息子に遺す」と書き置いたら、息子はおまえたち夫婦にここまで育ててはもらえなかったじゃろう。

姉夫婦には人殺しを免れさせ、息子には死を免れさせたのじゃ。二人ともよく感謝するといい」

それから、判決文を示して、

亟命以七分給其子、余三給婿。

ついに命じて七分を以てその子に給し、余の三を婿に給す。

最終的に、慣例どおり、七割を息子に、三割を姉婿に相続させるよう命じたのであった。

「以上、一件落着」

「ははー」

皆服詠明断。

みな、詠の明断に服せり。

当人たちはもちろん、町の故老たちも、

「明断なり」

「お手並み拝見と思っておったが・・・」

「どうやら、今度の知事は侮れぬようじゃな、ぐふふふ」

「ひっひっひっひ・・・」

と評判しあったということである。

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「続資治通鑑」巻二十より。世の中にはこんなよくわかってくれる方もいるのだから、任せておいて、わしらは唯々諾々としておればいいんじゃよ・・・のはず! 間違ってたらごめんなさい。

 

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