令和3年1月16日(土)  目次へ  前回に戻る

コケ―!! 平日は感情が無いが、休日には感情が現れることもある。

今日は暖かかった。普段も暖かいのかも知れませんが、普段は平日だから無感情で何も感じていないんです。休日と平日の間の扉の向こうは、(休日から見ると)雪と氷に閉ざされた闇の国なのだ。

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清の時代のことですが、杭州の趙京という人、

因病入陰司。

病いに因りて陰司に入る。

病気で(死んでしまい、)あの世の役所に行った。

(ここがあの世か・・・)

と思いながら、

挙頭、見柱上一聯。

頭を挙ぐるに、柱上に一聯を見たり。

見上げてみると、建物の柱の上部に「対聯」が掲げられているのが目に入った。

曰く、

人鬼只一関、関節一糸不漏。

陰陽無二理、理数二字難逃。

 人鬼ただ一関、関節一糸をも漏らさず。

 陰陽二理無く、理数二字は逃れ難し。

ニンゲン社会と霊鬼の社会、ただ一つの関門を隔てるだけなのじゃ。しかしその関門の扉は、糸一本も通しはしない。

死者の世界と生者の世界、別々の法則で出来上がっているわけではないのじゃ。どちらの世界も、因果の定めを逃れることはあたわぬぞ。

(なるほど、そういうことになっているんだなあ・・・)

後署会稽陶望齢題。

後に「会稽の陶望齢、題す」と署す。

その後のところに、「会稽生まれの陶望齢、これを書く」と署名があった。

・・・と、生き返ってから人に伝えたのだが、趙京自身は陶望齢というひとを全く知らなかったそうである。

これはおそらく明の万暦年間に「老子」「荘子」の解説書を書いた異端の儒学者(陽明学者なんですが、李卓吾などと同じ泰州学派といわれる自由思想家というか、当時的には「トンデモ儒学者」だった(それゆえ人気もあった)んです)歇庵先生・陶望齢のことであろう。先生はこの世では異端であったが、あの世では高く評価されているのである。

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清・梁章鉅「帰田琑記」巻六より。今日はなんと、毎日数千の人が訪れるという岡本全勝さんのHPで肝冷斎の一部復活が報じられています(ありがとうございます)。みなさんから見れば現在は「異端」の肝冷斎も、もしかしたら高く評価されることになるのかも知れませんぞ。(なお、あの世ではすでに高く評価されているカモ。)

本日、不要不急あり。

 

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