令和3年2月25日(木)  目次へ  前回に戻る

ウマは大切にするでヒヒン。

明日は暖かくなるかなあ。

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漢の高祖、続いて二代目の恵帝が崩じた後、高祖の后、恵帝の母であった呂太后が称制を行った。(「称制」は、「制を称する」ということで、「制」は命令。皇帝だと「詔」とか「勅」になりますが、皇后だと「制」と言います。皇帝が「勅」によって政治を行うのでなく、皇后や皇太后が「制」を使って政務をとるのが「称制」じゃ。)

この時、太后が、呂氏の一族の者を「王」に建てようとしたところ、生真面目な右丞相の王陵は、

高帝刑白馬、盟曰非劉氏而王、天下共撃之。今王呂氏非約也。

高帝白馬を刑し、盟して曰く、「劉氏にあらずして王たるあれば、天下共にこれを撃て」と。今、呂氏を王とするは約にあらざるなり。

「高祖皇帝さまは、かつて、白い馬を犠牲にしてぶっ殺し、その血を飲んで臣下の者たちと誓い合ったのでございます。その誓いは、

―――わしの同族である劉の氏を持つ者以外の者が王になることがあれば、世界中のひとで力を合わせてそいつを討伐せよ。

というものでござった。今、太后さまが呂氏の一族の者を王としようとされるのは、そのときの誓いに背きますぞ」

これを聞いて、呂太后はたいへんご不興になった。

左丞相の陳平らに同じことを訊くと、陳平らは答えた、

無所不可。

不可なるところ無し。

「何もまずいことはありませんぞ」

太后は大いに喜ばれた・・・。

・・・と、「史記」巻九「呂后本紀」に書いてあります。

さて、この「白馬の盟」は単に高祖の一族・劉氏だけが王になれる、ということだけを決めたわけではなく、

高帝定天下、剖符封功臣、刳白馬而盟曰、使黄河如帯、泰山若氏A国以永存、爰及苗裔。

高帝の天下を定むるに、符を剖(さ)き功臣を封じ、白馬を刳りて盟いて曰く、「黄河をして帯の如く、泰山をして獅フごとからしむとも、国以て永く存し、爰(ここ)に苗裔に及ばせん」と。

高祖皇帝が天下を平定したあと、おふだを二つに割って片っ方を臣下に与えて功ある臣下を諸侯に封建し、白い馬をぶっ殺して、その血を啜って誓って言うに、

「黄河が帯のようになり、泰山が獅フようになったとて、国家は永遠に存在し、引いて子孫にまで続くように」

と。

この「符」(おふだ)は、二つに割って、死刑になるような悪いことをしても、この割り札を提出したら死刑にはしない、という功臣(とその子孫)を優遇する「しるし」です。実際にはこの時同席した多くの功臣が、高祖によって誅殺されているのですが、まあ、それは権力者のご愛敬でございましょう。

さて、この「帯」と「氏vは、衣の帯と「といし」のことです。

言設使河微而如帯、石泐而如氏A盟不可改也。

言う、設使(たとい)河微にして帯の如く、石泐(ろく)して獅フ如くならしむるとも、盟改むべからざるなり、と。

白馬の盟のコトバは、「たとえ黄河の流れが微かになって、帯ぐらいの細い小川になったとしても、あるいは石が水に削られて砥石ぐらいの大きさになったとしても、この誓いに違うことはないように」ということである。

ところが、後世になると、

読者多失其義。

読者多くその義を失う。

文書を読む人たちは、たいてい本来の意味を忘れてしまった。

宋の時代になりますと、臣下に高官の印である「金魚袋」を佩びさせるときに賜わる書には、

曰忠曰孝、曰清曰慎。如黄河之深、若泰山之氏A咨爾無渝此盟。

忠と曰い孝と曰い、清と曰い慎と曰う。黄河の深きが如く、泰山の獅フごとく、咨(ああ)爾(なんじ)この盟いを渝(か)うること無からん。

おまえに求めるのは、「忠節」「孝行」「清廉」「慎重」。黄河が深いように、泰山が氏iれい)なるように、ああ、おまえさん、この「盟い」を変えることは、わしはありませんぞ。

と書かれていた。「帯のように細い」は「深い」と書き換えられてしまいましたし、

是直以肢ラ堅固之義矣。

これ、直に氏iれい)を以て堅固の義と為す。

ここでは、「氏vの字は、そのまま「堅い」という意味で使われてしまっています。

伝統的な使い方でない使い方をしてはいけません。我々の高度な文明を否定することになってしまうからなあ。

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明・焦пu焦氏筆乗」巻二より。勉強になるなあ。しかし、またすごい深夜の時間になってしまいました。目がしょぼしょぼしてきて、明日どうやって起きるのか・・・。もうサボるしかないのか。

 

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