令和3年2月26日(金)  目次へ  前回に戻る

早く寝ないといけないのに、夜更かしするとは何事でぶか!

明日もシゴトとは。なので早く寝ないと・・・なのに、ああ、またこんな長いハナシをしてこんな時刻に!!!

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清の時代の紹興(上海付近)出身のひとがこんなことを言っています。

世人毎笑紹興有三通行、皆名過実者。

世人つねに紹興に「三通行」の、みな名の実に過ぎる者有りと笑えり。

世間のみなさんは、よく

「紹興府には、三つの「特産物」があるけれど、すべて有名だけど実際はそれほどでもないですよね」

と言って笑いの種にする。

「通行」は、天下に広がっている(もの)、というような意味です。「特産物」と訳してみました。

一つ目の

如刑名銭穀之学、本非人人皆擅絶技、而竟以此横行各直省、恰似真有秘伝。

刑名銭穀の学のごときは、もと人人みな絶技を擅(ほしい)ままにするにあらず、しかるについにこれを以て各直省に横行し、あたかも真に秘伝有るに似たり。

裁判実務と商売経営の「学」は、もともと紹興人ならみんなすごい技術を持っているというわけではない。しかし、この「学」を使って、直隷(首都)や各省に出かけて行って成功したやつが多いから、あたかも何かの秘伝があって、紹興のやつらはそれを伝えているのだ、と思われている。

次に、

州人口音実同鴂舌、亦竟以此通行遠邇、無一人肯習官話而不操土音者。

州人の口音実に鴂(けつ)の舌に同じきも、またついにこれを以て遠邇に通行し、一人もあえて官話を習い、土音を操らずなる者無きなり。

「鴂」(ケツ)は「もず」の類。「鴂舌」はその鳴き声で、「ち一ちー」とうるさく鳴きさえずる。それで、「孟子」「南蛮鴂舌之人」というコトバがあって、

「あいつは、南方の蛮人で、ピイチクと鳥のさえずるようなわけのわからんコトバを話す民族じゃ」

という意味です。

紹興府の地元民の方言は、本当にモズの鳴き声のようで何を言っているかわからない。しかし、これも、遠いはるかなところまで出かけて行っても、誰一人、標準語を学んで方言を克服しようとしないからである。

三つ目は、有名な「紹興酒」である。

即酒亦不過常酒、而販運竟遍寰区、且遠達于新疆絶域。

即ち酒もまた常酒に過ぎず、しかるに販運してついに寰区に遍く、かつ遠く新疆の絶域に達せり。

このお酒もまた、普通のお酒でしかないのであるが、ところがこのお酒が、我が清朝の境域中に運ばれて販売され、いまや新疆ウイグルの遠い遠いところまで到達しているのである。

不思議なことです。

平心而論惟口音一層、万無可解。刑銭亦究竟尚有師伝、至酒之通行、則実無他酒足以相抗。

平心にして論ずればこれ口音より一層に万も解すべきこと無し。刑銭はまた究竟なお師伝有りとするも、酒の通行に至れば、すなわち実に他の酒の以て相抗するに足る無きなり。

冷静になって考えてみると、紹興酒の流行は、紹興方言が天下で使われていることよりさらに一層、ほんとに理解することができない。裁判や経営術はまだしもそれなりのマニュアルが伝えられているとも考えられるのだが、紹興酒の流行は、本当に他の地域のお酒には対抗できるものが、どうもないようである。

なんとなく、自慢話めいてきました。

蓋山陰、会稽之間、水最宜酒、易地不能為良故。

けだし、山陰・会稽の間、水最も酒に宜しく、地を易うれば良を為すあたわざるが故なり。

これは、紹興の山陰・会稽地域のあたりは、お酒造りに最適の水質だからではないかと思われる。それで、場所が変わると、いいものができないのであろう。

他府皆有紹興人如法制醸、而水既不同、味即遠遜。

他府みな紹興人の有りて法制の如くに醸すも、水既に同じからざれば、味即ち遠く遜(ゆず)る。

他の府県でも、紹興出身者がいて、マニュアルどおりに紹興酒を醸すのだが、水が違っていると、味ははるかに及ばないものになるようである。

おもしろいことに、

即紹興本地、佳酒亦不易得、惟所販愈遠則愈佳。蓋非致佳者亦不能行遠。余嘗藩甘隴、撫桂林所得酒皆絶美、聞嘉峪関以外則益佳。

すなわち紹興本地には、佳酒また得やすからず、ただ販するところいよいよ遠ければいよいよ佳し。けだし、佳を致すものにあらざれば、また行遠するあたわず。余かつて甘・隴に藩し、桂林に撫するに得るところの酒みな絶美、嘉峪関(かよくかん)以外、すなわちますます佳しと聞く。

紹興府の地元で飲むときには、旨い酒にはなかなか出会えない。一方で遠ければ遠いところで買えるものほど旨いのだ。確かに、最上等の旨い酒でなければ、遠くまで運ばれることも無いのであろう。わしはかつて、長安より西北の甘粛や隴州の外地で勤務したこともあり、桂林のある広西で総督のシゴトもしたが、これらの地域で入手できた紹興酒は絶妙に旨かった。聞くところによると、嘉峪関より向こうの西域では、もっと旨いのだという。

これは、紹興酒の特質―――我が紹興の酒は、醸造後、年月が経てば経つほどうまくなる―――によるのである。

若中土近地則非蔵蓄数年者、不堪入口。

中土・近地のごときはすなわち蔵蓄すること数年にあらざるものなれば、口に入るに堪えざるなり。

チャイナ本土やその付近で入手すると、所蔵されて数年も経っていないものばかりである。こんなのは(わしのような通からいうと)口に入れるのも耐えられないようなレベルである。

結局のところ、

今紹興酒通行海内、可謂酒之正宗、而亦有横生訾議者、其于紹興酒之致佳者、実未曽到口也。

今、紹興酒の海内に通行するは、酒の正宗と謂うべく、また訾議(しぎ)を横生するものは、その紹興酒の致佳なるものにおいて、実にいまだかつて口に到らざるなり。

現代(清の末)のチャイナにおいて紹興酒が流行しているのは、お酒の中の本流中の本流ともいうべきもの(まさむね)で、これに対して偉そうにどうとかこうとか文句を言ってそしるやつは、紹興酒の一番旨いものをこれまで口にしたことが無いやつなのだ。

酒のみとしては傍流だな。

わははは。

わははは。

最佳者名女児酒。

最も佳なるものは、「女児酒」と名づく。

とにかく一番旨いやつは「むすめざけ」じゃろうなあ。

・・・ということで、あとは娘が生まれたときに醸して、嫁にやるときに開ける「女児酒」が一番うまい、と言い出して、紹興のひとがどこでもし始める自慢話になっていくのであった。

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「浪迹続談」巻四より。だんだんと紹興酒に「のろけて」いくのが面白くて、長々と訳してみました。漢文にも近世にはこんなニュアンスがある文章もあるんです。著者はアヘン戦争で有名な林則徐などとも友人の嘉慶・道光時代の大知識人・梁章鉅先生ですが、地元・紹興のお酒には目が無いようで、この後さらにお酒のお燗の仕方とかいろいろ教えてくれます。しかし明日シゴトなので、ここまでとさせていただく。

「なんだと、なぜここで終わりにするのだ?」

と怒るなら、わしにシゴトをさせる日本というシステムに、怒ることじゃな。ほんと、許せぬ。

 

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