令和3年3月12日(金)  目次へ  前回に戻る

エンマさまに「どうやったら死後の罰を受けないように生きることができるでしょうか」と質問してみたら、こういうカモ。

毎日眠い中での居眠りは、社会的にはマイナスであるが、個人的にはプラスである。

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宋の時代のことですが、愚弟の蘇轍(字・子由)が言いますには、

有一人死而復生、問冥官如何修身、可以免罪。

一人の死してまた生き、冥官に、いかんぞ修身して以て免罪すべきやを問う有り。

あるひと、死んだあとまた生き返る判決を受けた。そのとき、あの世の役人(エンマさまの部下です)に、

「これからまた生き返るわけですが、どうやったら身を修めて罪を免れ、死後の罰を受けないように生きることができるでしょうか」

と質問してみた。

あの世の役人は言った、

子宜置一巻暦、昼日之所為、莫夜必記之。但不記者、是不可言不可作也。

子はよろしく一巻の暦を置き、昼日の為すところを莫夜(ぼや)に必ずこれに記すべきなり。ただ記せざるものは、これ言うべからず、作すべからざるなり。

「おまえは、(この世に生き返ったら)カレンダーを傍らに置いて、毎日昼間やったことを、夜になったら記録するようにするとよいぞ。もし記録するのが憚られるようなことがあるのなら、そんなことを言ったり、したりしないようにしなさい」

と。

さて、このカレンダーに何も書かなくていいような、何もしなかった日を「無事」という。

無事静座、便覚一日似両日。若能処置此生常似今日、得至七十、便是百四十歳。

「無事」にして静座すれば、すなわち一日も両日の似(ごと)きを覚ゆ。もしよくこの生を処置して常に今日の似(ごと)くしうれば、七十に至るを得ればすなわちこれ百四十歳なり。

何事も無く、ゆったりと静かに座って一日を過ごせれば、一日が二日ぐらいに感じるものである。ということは、もしこの人生、いつもそんな一日を過ごすように対処できたなら、七十歳まで生きれば百四十歳まで生きたのと同じになるわけじゃ。

なるほど、

人世間何薬可能有此効。既無反悪、又省薬銭。此方人人収得、但苦無好湯、使多嚥不下。

人世間に何の薬かこの効有らん。既に反悪も無く、また薬銭も省く。この方、人人収め得れば、ただ好湯の無く、多く嚥むも下さざるを苦しとするのみ。

人間世界で、こんな(人生を二倍に延ばすという)効果のある薬がほかにあるだろうか。しかも副作用も無いし、また薬代もかからないのじゃ。この処方を人間がみんな習得したら、あとはうまいお湯がなくてこの薬をたくさん飲むことができない、ということだけが苦悩の種になるであろう。

―――と思うが、兄者はどう思うか。

子由は、わしの方が文才があると思うが、公式文書や経典の解釈などの文章は子由の方が優れているという世間の評価があって怪しからんことだが、最終的にはわしよりも出世したという点も問題である。だが、それはそれとして、どこでこんな役に立つ話を聞いてきたのであろうか。

今日、晁無咎(彼はわしの弟子のつもりだが、本人は友人のつもりでいるらしくて怪しからん)が来て、言うには、

司馬温公有言、吾無過人者。但平生所為、未嘗有不可対人言者耳。

司馬温公に言有り、「吾に人に過ぎたるもの無し。ただ、平生の為すところ、いまだかつて人に対して言うべからざるものあらざるのみ」と。

「温公・司馬光さまがこんなことを言っている、と世間で評判になっていますぞ。

―――わしには人さまより優れたところなど何もない。ただ、日常生活の中で、これまで一度も、他の人に言えないようなことを仕出かしたことがない、というだけじゃ」

司馬光はわしの大事な同僚で、確かに向こうの方が少し先輩で兄貴分だと思っているのだが、世間では文才はわしの方があるが、人格的には司馬光が格段に上、だとしている。これはそのとおりであろうから、仕方ない。

その司馬光も愚弟・子由と同じようなことを言っているわけか。

そういえばわしも思い出した。

前輩有詩曰、怕人知事莫萌心。

前輩に詩有りて曰く、「人の事を知るを怕(おそ)れて心に萌すこと莫かれ」と。

むかしのひとの詩に、こんな一節があったなあ。

―――他人さまに知られるのがコワいから、心に思い浮かべることもしないのだ。

サトリとかテレパスとかに知られたら恥ずかしいようなことを、にやにやしながら、真昼間から考えていることはありますからね。

皆至言、可終身守之。

みな至言にして、終身これを守るべきなり。

どれもこれも最高級のコトバである。一生それを守って生きていくべきほどであろう。

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宋・東坡居士・蘇軾「東坡志林」巻三より。ちなみに、あの世の役人が教えてくれたこの方法は「修身暦」(身を正しくするためのカレンダー)とか「功過格」(功績と過ちの格付け表。何をしたらプラス〇点、何をしてしまったらマイナス×点とか決まっていて、毎日プラスだったかマイナスだったかを点けていく)と言いまして、言ったこと行ったこと考えたことが得点化されて「見える化」されるのだから、たいへん便利なシステムです。チャイナ人の大発明の一つではないか、と思っているひともいるかも知れないぐらいすばらしい。

わしの昼間の言行は、他人に言えるかどうか、などというレベルでなく、自分で認識するだに恥ずかしいことばかりで、すべて意識下に忘れてしまおうとしているぐらいである。電車の中での独り言とか、ぽろぽろと食べ物をこぼしてそれを拾って誰も見てないと思ってまた食う、とか、酷い。情けない。

だが、夜は当たり前のようなことをして当たり前のように独り言を言ったりして寝るのであるから、あんまり恥ずかしいことはないのだ。

 

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