令和3年4月26日(月)  目次へ  前回に戻る

また緊急宣言だから、エンマさまに怒られるぞ。

もうダメだ。平日はツラいことばかりだ。

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今日も外勤の帰り、橋の上で

(おれは、ダメだなあ・・・)

とため息をつきつつ、水面を見つめていた。

我見黄河水、 我、黄河の水を見るに、

凡経幾度清。 およそ幾たびの清を経たる。

 わしは黄河の水を見て、いつも思うのだが、

 この河の水はいったい何回清んだことがあるんじゃろうなあ。

「春秋左氏伝」にいう、魯の襄公の八年、楚が諸国を率いて鄭を囲んだ。その時、鄭では、晋の救いが来るのを待つべきだという議論があったが、上卿の子駟(しし)が言った。

周詩有之曰、俟河之清、人寿幾何。

周詩にこれ有りて曰く、河の清むを俟つに、人寿幾何(いくばく)ぞ。

(現代には伝わらない)周王国の歌にこうありますぞ。

―――黄河の水が清むのを待ちましょう・・・、いやいや、人の寿命はどれぐらいなのじゃ?

注に言う、河の水は千年に一度清むのである、と。(百年に一度清む、というのは後世の解説である。)

謀之多族、民之多違、事滋無成。

謀りごとの族多くして、民の違うこと多く、事いよいよ成すこと無し。

いろいろ考えることが多ければ、どんどん人民たちは去っていき、物事はどんどん成功しなくなるのですぞ。

「なるほど、救助を待って、ああだこうだと議論していてもよくないですなあ」

子駟のコトバに卿や大夫たちは納得して、鄭は晋の救助を待たず、楚に降伏してしまった・・・。

のだそうです。

強い方の勢力に押されて、あちらへこちらへと流れるのは、楽ちんかも知れない。ブラウン運動ですから、自然の条理に従っているのだ。

・・・それはそれとして、目の前の黄河の水は流れていく。

水流如急箭、 水流は急箭の如く、

人世若浮萍。 人世は浮萍のごとし。

 水の流れは、速く飛ぶ矢のようだ。

 人の生命は、(その水に流れる)浮き草のようだ。

浮き草は、ふらふらと浮いていたかと思うと、あっという間に流れ去り、水中に没していくのである。

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「寒山集」より。短い人生をこんなふうに過ごしていては、寒山や拾得に怒られるであろう。いや、

「おまえはダメでちゅねー」

「おいらたち童子の風上にも置けまちぇんね」

と、見放されるばかりで怒られさえもしないかも。

 

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