令和3年5月6日(木)  目次へ  前回に戻る

このころ、おいら何してたんだろうなあ。

今日は他の人はみんな来てるぞ、ということだったが、一人楽して会社に行かないことにしたので、今日も好調でした。しかし明日行くと言ってあるので、だんだんイヤになってきた。

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みんな助け合っていかないといけません。

北宋の時代、都・開封の太学にいた席子択というひとに、おやじが死んだという連絡が来たが、郷里に帰る資金が無い。

友人の黄山谷が、

糾合同志者助之。

同志者を糾合してこれを助けんとす。

同じ気持ちの者たちをみんな集めて、彼を援助することにした。

その際の呼びかけの辞にいう、

富者不仁、理難共語。仁者不富、勢難独成。

富者は仁ならず、理において共に語り難し。仁者は富ならず、勢において独り成し難し。

おカネのあるやつらには人の情けが無いから、どう考えたって協力してもらえるはずはない。情けのあるやつらにはおカネが無いから、どうやったって一人一人では何もできない。

そこで、提案したい。

百足之虫、至死不僵、以扶之者衆也。願与諸君同力振之。

百足の虫、死に至るも僵(たお)れざるは、以てこれを扶くる者、衆なればなり。願わくば諸君と力を同じうしてこれを振るわん。

百対の足を持つというムカデとかゲジゲジは、死んでも倒れることがない。なぜなら、支えあっているもの(足)が多いからだ。どうか諸君と力をともにして、席子択を支援してやろうじゃないか。

おれたちはムカデやゲジゲジ(の足)なのだ!みんなでもじょもじょ歩き続けるしかないのだ!

「絶望なんてロマンティックなことは、上の階級のやつらがすることよ」とレイも言っているではないか(ブレイディみかこ「ワイルドサイドをほっつき歩け」による)。

また、この時のことであったかどうかよくわからないのだけど、彼らの師匠の蘇東坡が言うには、

梅寒而秀、竹痩而寿、石醜而文。是為三益之友。

梅は寒くして秀で、竹は痩にして寿(いのち)ながく、石は醜にして文なり。これ、三益の友と為す。

梅は寒い中でこそ(逆境を乗り越えて)育っていく。竹は痩せ細っているけど(根がしっかりしているから)枯れることがない。石はぐしゃぐしゃと見た目が悪いが、それがすばらしい模様になる。こんな三者こそ、やがて役に立つ友だとわかるだろう。

と。

二帖、余皆見其真蹟。

二帖、余はみなその真蹟を見たり。

この二つの文書は、わたしはどちらも二人の直筆を見たのである。

ところが、

坡、谷集所不載。。

坡、谷の集、載せざるところなり。

現代(南宋の時代)、出版されている蘇東坡集と黄山谷集には、載っていない。

まことにもったいないことである。

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宋・羅大経「鶴林玉露」甲編巻一より。十数年振りで同書を読んでいます。前読んだのは震災のずっと前でした。この書は、我が江戸〜明治の読書人たちの愛読書でしたから、いかにも日本人好みのことが載っているように感じるのですが、もしかしたらこの書から日本人の好尚が出来ている部分もあるのではないかと思うぐらいの名著です。

マボロシの調査あり。

 

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