令和3年5月9日(日)  目次へ  前回に戻る

さすがはぶたとのさまにござります。・・・と言っておけばいいのでモグ。

もうダメだ。もう明日から平日だ。どうすればいいのか・・・。

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北宋の元豊六年(1083)、仁宗・英宗・神宗の三代にわたって宰相を務め、剛直を以て謳われた富弼が、今は引退しているのですが、齢八十に達したので、それを機に神宗皇帝に上奏書を奉ってきた。

それを一読した帝は、翌日の朝議の際に、

謂輔臣曰、富弼有疏来。

輔臣に謂いて曰く、富弼、疏の来たる有り。

輔弼の大臣たちに言った。「富弼から、上奏文が出てきたのじゃ」

すると、首席宰相の章惇が色を成して言った。

弼言何事。

弼、何事をか言う。

「富弼どのは、何をおっしゃってきたのでございますか!」

富弼はいわゆる旧法党の、それも保守がちがちというか、経済や財政の状況の変化を理解できないまま十数年前に宰相を辞任した人物である。現在の新法党の、しかも王安石までも排除したバリバリの改革派について、いいことを言うはずがない。

帝は答えた。

言朕左右多小人。

朕の左右、小人多し、と言えり。

「陛下のまわりには、「小人」がかなりおりますぞ、と言ってよこした」

「なんと!」

「小人」はもちろん半額になる子ども料金のやつでもなく、「こびと」でもありません。大局のわからない、自分の利害に汲々としたやつらのことだ。

章惇は強く言った。

盍令分析孰為小人。

なんぞ孰れが小人たるか分析せしめざる。

「どうして、誰がその「小人」に該当するのか、はっきりさせるようご指示されないのですか?」

帝は答えた。

弼三朝老臣、豈可令分析。

弼は三朝の老臣なり、あに分析せしむべけんや。

「富弼は三代の帝に仕えた功績ある老臣だぞ。どうしてはっきりさせろなどと指示できるものか」

「いやいや、何を以て「小人」と言っているのか、誰のことを言っているのか、はっきりさせるべきでござ・・・」

そのとき、次席宰相の王安礼が進み出てきて、申し上げた。

弼之言是也。

弼の言、是なり。

「富弼どののお言葉、まことにそのとおりでございますなあ」

「む」「むむむ・・・」

それでその場は何とか収まった。

朝議が終わった後、章惇は王安礼に言った。

右丞対上之言失矣。

右丞の対上の言、失せり。

「右丞相どのの、先ほどの陛下への回答は、失策ですぞ。

富弼どのは、もう現役を離れて十数年、現実を弁えない「老害」となってしまっておられる。その妄言であることをはっきりさせないと、誤ったイメージが残ってしまいますぞ」

「うーん」

王安礼は、少し間を置いてから言った。

吾儕今日曰誠如聖諭。明日曰聖学非臣所及。安得不謂之小人。

吾が儕(せい)、今日曰く、「誠に聖諭の如くせん」と。明日は曰く、「聖学は臣の及ぶところにあらず」と。いずくんぞ、これを「小人」と謂わざるを得んや。

「わしらは、今日は「まったくすべて、聖人であられる皇帝陛下のおっしゃるとおりにいたしまする」と言ったかと思うと、明日は「聖人・孔子の学問の精髄にまでは、わたしどもは至っておりませんでした!」と言う、そんな存在です。どうしてこれを「小人」と言わないでいられましょうか。

ふう・・・」

一つため息をついた。

惇、無以対。

惇、以て対する無し。

章惇は、反論しようともしなかった。

のでございます。

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「続資治通鑑」巻七十七より。宮仕えの人たちはたいへんだなあ。ちなみに王安礼は王安石の実弟。新法党に属しますが、改革のためには多くの人材が必要で、反対派とも可能な限り提携すべきで、個人攻撃などもってのほか、という方向性のひとです。

今日と明日のコトバも違えば、あちらとこちらにも何やら申し上げ、どこに何を言ったか記録を出せ、と言われればマゴマゴするようなそんな生き方を、みなさんも続けてこられたことでございましょう。そうして何度も現世でもバツを与えられてきたのだが、エンマさまはどんな顔をして待っておられるのかなあ。

ところで、中華書局版の12分冊の「続資治通鑑」を読んで、まもなくやっと第四冊が終わるところなんですが、第六巻以降がどこにしまいこまれているわからないのです。「いつか読むかもなあ」と遥かな過去(平成五年ごろ)に箱に入れて、それから何か所か引っ越しているのですが、昨年の秋、第五巻までが偶然転がり出てきたので読み始めました。このままだと七月を待たずに読むものが無くなってしまう。これももうダメだ。どうすればいいのだ。

所用及び調査。←マボロシだと思われます。

 

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