令和3年7月7日(水)  目次へ  前回に戻る

一とせに一たび来ます君待てば。そのうち忘れてしまうのでは。

七夕節です。が、牛飼いも機織りもしていないので、あんまり関係ないです。え? 願い事の短冊? 大切な人との一年に一度の出会い? なんじゃそれ。肝冷斎は千年以上生きているので、近代都市文化の中で育まれた「新伝統」には関わりがありませんのでなあ。せめて旧暦でやってほしいね。ひいっひっひっひ

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そんなことより、

人情反覆、世路崎嶇、。

人情は反覆し、世路は崎嶇(きく)たり。

「崎」(き)は「凹凸の激しい飛び出した場所」で、リアス式海岸の岬や険しい山の峰の意になります。「嶇」(く)は「険しい」。

ひとの心は、手のひらを向けたかと思ったらひっくり返すように変わるもの。この世の道は、岬や峰のように険しいものじゃ。

ああイヤだなあ。

イヤですが、生きているので、仕方ないからもう少し生きるしかない。

そこで、

行不去処、須知退一歩之法。

行きて去らざるの処には、すべからく一歩を退くの法を知るべし。

行こうとして行ききれない時には、どうやったら行ききれるのか、他人を押しのけて・・・などと考えてはいけません。そうだ、一歩退いてしまおう。

行得去処、務加譲三分之功。

行きて去るを得る処には、務(つと)めて三分の功を譲るを加えん。

行こうとして行ききれた時には、そこで立ち止まらずに、もう少しがんばって、他人に三分の一の功績を譲れるようにしよう。

「損するじゃないですか」

「いやまて、その方が得だ、ということでは」

という「損得論」では無いと思います。強いて言えば「楽ちん論」だと思います。

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「菜根譚」前集より。一歩を退くの法を重ねてまいった立場から申し上げると、やっぱりこの本いいこと書いてあるなあ、と思います。真理ですね。ハーバード式経営大学院でも教えているのはこんなことなのではないでしょうか? もしそこが真理を教える場であるならば。

今日は所用が早めに終わってよかった・・・。

 

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