令和3年7月8日(木)  目次へ  前回に戻る

「このさかニャは、もしかしたら、こんな格好で泳いでいるニャか?」ははは、やっと気づいたか。我々人類は優れているから昔から知っていることなのにな。

所用を果たしても倦怠感がひどいのですが、これはワクチンではなく従来からのものだとの診断です。

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倦怠時は甘いものが食いたいところである。砂糖をどかどかに入れたミルクティーなどである。

ちなみに、砂糖そのものは、チャイナには唐代にもたらされたそうなのだが、

嘉靖以前世無白糖、閩人所熬皆黒糖也。

嘉靖以前、世に白糖無く、閩人の熬(い)るところ、みな黒糖なり。

明の嘉靖年間(1522〜66)までは、この世に白い砂糖というものはなく、福建で炙って作っていたのは、すべて黒砂糖であった。

「熬」(ごう、い・る)は、「火にかけて水分を飛ばす」という作業を言います。さとうきびを絞ってできた汁を、火にかけて結晶化させると、不純物を含んだ黒砂糖ができる。この黒砂糖が、政府の専売品として世の中に出回っていた。

このままなら、この世には黒砂糖しかなかった。怪しからんことに、もしかしたら、我々進んだゲンダイ人が、黒砂糖を食わされていたのかも知れないのです。

だが、嘉靖年間のある日、

一糖局偶屋瓦堕泥於漏斗中。

一糖局、たまたま屋瓦より漏斗中に泥を堕とす。

専売品を作っていたどこかの砂糖製造所で、あやまって屋根の瓦を塗り固めていた土泥を、砂糖汁を煮込んでいた壺の中に落としてしまった。

「うひゃあ、監督のばか役人に怒られるぞ」

と、現場作業員が

視之糖之在上者色白如霜雪、味甘美異於平日。

これを視るに、糖の在上なるもの、色白きこと霜雪の如く、味の甘美なること平日に異なれり。

中を覗き込んでみると、砂糖の上の方の部分は、色が真っ白になって霜か雪かという白さ、ちょっと舐めてみたところ―――そのすばらしい甘さは、普段とは全く違っていた。

さらに覗き込んでみると、

中則黄糖、下則黒糖也。

中ほどは黄糖にして、下は黒糖なり。

中層は黄色い(茶色い)砂糖となっており、下部は黒糖のままである。

どうやら、上から落ちた泥のせいであるようだ。

「どういうことであろうか」

異之遂取泥。圧糖上、百試不爽。

これを異として、遂に泥を取る。糖上に圧(おさ)うるに、百試するも爽(たが)わず。

不思議に思って、この「泥」を取り出し、黒糖の上に載せてみたところ、百回試してみても、常に白砂糖ができた。

白糖自此始見於世。

白糖、これより始めて世に見(あら)わる。

こうして、白砂糖が世間に出回るようになったのである。

なんと。東洋のやつらだから、魔術だなんだと言って生贄を捧げたりしていたのかと思いましたが、実験をするほど合理的だったとは。もしかして、一人一人の能力は我々と同等あるいはそれ以上にあった?

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明・劉献廷「広陽襍記」(「古今筆記精華」巻二「事原」所収)より。科学の進んだ我々のゲンダイの力では、白砂糖を作るときに、遠心分離機など優れた機械を使うのザマスが、今でも石灰液を入れて炭酸カルシウムにより異物を溶かし出す過程があるそうなのです。・・・というように我々ならすぐわかることを、昔のやつらはなかなかわからず、偶然によって知るとは、情けないなあ。彼らもよくやっていたかも知れないが、やはり我々ほどには優れたニンゲンではなかったのだということなのであろう。(←もちろん皮肉で言ってるんですよ。)

 

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