令和4年2月6日(日) 目次へ  前回に戻る

南国の精霊は冬も半裸さぁー。

なかなか暖かくなりません。房総も風が冷たかったぜ。こんな日は暖かい南国のお話でもしましょうねー。

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南国は暑いので、涼しい泉のお話をします。

我が郷里・広東の龍門の南四十里(20キロ弱)に、「甕泉」という名所があります。

有石甕七。大者径二丈、小者一丈。其深莫測。

石甕七有り。大なるものは径二丈、小なるものは一丈なり。その深さは測るなし。

石を組み合わせたカメが七つ、地中に埋まっている。大きなものは直径6メートル、小さいものでも3メートルあり、その深さについては不明である。

上有泉、自石間湧出入于甕、濤声舂天、如雷闐闐。

上に泉有りて、石間より湧出して甕に入り、濤声天を舂きて雷の闐闐(てんてん)たるが如し。

石カメより上に泉源があって、岩の間から水が湧出している。その水がカメに入ってくるのだ。その水の音は天をどんどんと突きあげるようで、まるでカミナリがどろどろと鳴っているかと思わせる。

そのカメの水がまた溢れて、川になって流れて行くのである。

涼やかで感動的だ。そこで、わしは詩を作った。

石甕東西七星列、 石甕東西に七星列(つら)ね、

天泉日夜一雷舂。 天泉日夜に一雷舂(つ)く。

 石のカメは東から西に、七つの星のように並んでいる。

 天(上流)から落ちてくる泉は、昼も夜も、カミナリのようにカメを撞く。

その音たるや、

どんどん!

うるさいなあ。

隣の春州には「十三畳瀑布」があります。滝が落ちてくる階段状に落ちてくる、その階段が十三もある。

廬山三畳泉方之、尠如也。

盧山の三畳泉、これに方(くら)ぶれば、尠如たり。

安徽の廬山の滝は三段になっているので有名だが、うちの十三段に比べれば、たいへん少ない。

涼やかなだけでなく迫力もあるぞ。そこで、わしは詩を作った。

匡盧三畳挂虹梁、 匡盧の三畳、虹梁を挂(か)け、

復有黄山九畳長。 また有り、黄山九畳長し。

争似春州十三畳、 いかでか春州の十三畳の、

交飛白水一天涼。 交ごもに白水を飛ばして一天涼やかなるが似(ごと)からん。

 匡州の廬山の三段の滝は、虹の梁が横たわるといい、

 また黄山には九段の高い滝がある。

 けれどどちらも、我が春州に十三段の滝の、

 あちらからもこちらからも透き通った水を飛ばしあって、空全体が涼しくなるには及ぶまい。

あちらからもこちらからも、水しぶきだ、

ざあざあ!

うるさいし暑苦しいなあ。

また作った。

陽春白水十三畳、 陽春の白水、十三畳 ・・・

 あたたかい春が来て、透き通った水の十三段は・・・

うるさいので、もう省略。

さらに作った。

一畳冰霜一畳雲、 一畳は冰霜、一畳は雲 ・・・

 一段目は氷霜のように冷たく、二段目はしぶきが雲のように沸き立ち・・・

以下略。

実は、

予平生絶愛瀑泉。嘗亭於三畳泉之下、為三畳泉操以落之。

予、平生、瀑泉を絶愛せり。かつて三畳泉の下に亭し、三畳泉のために操以てこれに落つ。

わしは、以前から滝が大好きなんです。ほんとのことを言うと、かつて中原を旅したころ、廬山の三畳泉の下に小屋掛けして暮らしたことがあった。このときは、三畳泉に惚れ込んで、みさおを捧げてしまっていた状態だったのだ。

滝≒女性の比喩のようです。この言い方は、ジェンダー論、ルッキズムなど多くの点で批判されざるを得ません。強く批判し、遺憾の意を表する。

玆於十三畳泉、益用流連忘返。

これ、十三畳泉における、ますます流連を用いて返るを忘れたり。

ここ十三畳の滝では、さらにさらに何日も居続けをして、家に帰ることなど忘れてしまいそうだ。

それにしても、十三段滝の詩は、我ながらどれもこれもうまく出来ましたね。

よし、

斯三詩亦将寫之琴、而名其琴曰十三畳泉。銘之。

すなわち三詩またまさにこれを琴に写し、その琴に名づけて「十三畳泉」と曰わん。これに銘す。

そこで、三篇の詩を琴に書きつけることにした。そして、その琴には「十三段の滝」と名付けよう。滝のようにでかい音が鳴るぞ。

琴に銘して曰く―――

春州十三、 春州の十三、

匡盧三畳、 匡盧の三畳、

於此琴中、 この琴中に、

流声相接。 流れの声相接せん。

 春州は十三段、

 廬山のは三段、

 この琴の中に

 滝の音がこだまする。

びょんびょん!

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清・屈大均「廣東新語」巻四より。この本はいい本なのですが、お国自慢が多くて、すぐ自分の詩を紹介しだす点が特徴的です。東洋の昔の本なのでジェンダー系の問題もありますが、それは遺憾の意を表しておいたから許容されるでしょう。

涼しい滝の音も聞こえてまいりましたので、もう春を通り過ぎて夏になってもいいぜ。

どうでえ、この河内野の暑いこたあ

トウキビの葉っぱが

ちらちら動くだけで

天道さまのかんかん照りだ。

ふんどし一丁の平七は

玉の汗。

(略)

さあ、ふんどしを

しめなおせ

今に百姓の天下がくるぜ   (井上俊夫)

さらに百姓の天下になってもいいぜ。

 

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