令和4年5月17日(火) 目次へ  前回に戻る

泣き笑いの宮仕え人生であった。

日本型経営への批判も多い今日このごろです。

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東晋の時代、大尉の陸玩は、困りごとがあって、

詣王丞相諮事。

王丞相に詣(けい)して事を諮る。

丞相の王導のところに来て、どうすべきか意見を求めた。

王導は調整型の名丞相と評される。陸玩の相談に乗って、自分の意見を伝えた。

「なるほど。それはいい考え方ですな」

と別れたのですが、どういうわけか

過後輒翻異。

過後に、すなわち翻異せり。

後になって、合意と違った行動を採った。

「方針を変えるなら、一言ぐらい断ってからにすればいいのに・・・。怪しからんな」

王公怪其如此、後以問陸。

王公そのかくの如きを怪しみ、後以て陸に問う。

王導はなぜこんなことをしたのか納得がいかず、後にどういうつもりだったのか陸に訊いてみた。

「そうなんですよ」

と陸玩は否定もせず、

公長民短。臨時不知所言、既後覚其不可耳。

公長にして民は短なり。時に臨んで言うところを知らず、既に後にしてその不可なるを覚るのみ。

「あなたは立派な方でございます。一方、下っ端(のやつがれ)は、ダメなやつなのです。その時に、言わなければいけないことがわからなくなってしまい、後になってから、それではダメだったということに気づいてしまっただけなんです」

と頷いているのであった。

あまり叱る気にもなれなくなった。

「わかったが、それなら一言言ってくれればいいではないか」

「はい、まったくです。しかし、また説得されてはまずいと思いまして」

王導は苦笑して、それ以上追及することは無かった。

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「世説新語」政事第三より。まつりごとはこんなもののようです。うちの会社もこんな感じでお願いしたかったなあ。それではサヨナラ

 

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